第六回



 

あなたのまちに図書館は必要ですか?
あなた自身にとってはどうですか?
必要だとすれば、それはどんな図書館ですか?
そんな問い掛けを私はいろんなところでしてきました。


 この十年、図書館をめぐる状況は大きく変化しています。住民が「必要か」「必要でないか」と議論する前に、どんどん新しい図書館ができているのです。
特に町村部は建設ラッシュです。これは宮崎県に限ったことではなく、全国どこでも同じ状況です。中身は貧弱だが外見だけは立派といったものも少なくありません。
だからこそ、その地域に住む人たち一人ひとりが、自分たちにとって本当に必要な図書館とはどんなものなのかを考えていく必要があると思い、あえて問い掛けているのです。
図書館で最も大事なのは資料の充実であり、専門的な知識や豊かな経験を持った職員がきちんと配置されることです。それをないがしろにしたハコ(建物)づくりを許してしまうことは住民にも責任がある、と考えます。
隣町のK町の人からこんな話が来ました。
「大事な図書館は住民参加でつくりたい。勉強会の講師として来てもらえないだろうか」  K町、人口二万人弱、漁業が盛んな「おさかなの町」。図書館はなく、蔵書二万冊の図書室が公民館の中に小ぢんまりとあるだけ。それなのに住民の利用は宮 崎県内でトップクラス。  そんな町が住民参加型の図書館づくりに取り組むのなら、と喜んで出掛けたのですが・・・。

 夜十時近く、薄暗い部屋に集まった約二十人の住民たちは、まだ議論を止めない。  女性が声を荒げて言う。
「いつも住民が知らないところで決まってしまって、事後承諾ばっかり。今度だって、そう」
おじさん、おばさんたちが「そう、そう」と、うなずいている。
その怒りに圧倒されながら私は「わかります。でも、対立からは何も生まれませんよ」と言った。
少しはおさまったが、しばらくすると再び「あの時もそうだった」と過去の話まで飛び出し、どんどんヒートアップしてくる始末だ。
六月初旬、雨がしとしと降る夜。町長が突然ぶち上げた図書館建設計画に、行政への不信感が渦巻いていた。
事の発端は、今年の三月議会で町長が突然「平成十二年度に図書館建設計画を作り、十三年度中にはすべてを完成したい」と表明したことにある。
そもそもK町は、町長を先頭に立派なホールや、温泉やプールを備えた巨大な健康施設をつくってきた。そのたびに住民は「いつも私たちは蚊帳の外」という不満を持っていたという。
そして今回の表明。原発や産廃施設ではなく、住民に喜ばれるはずの図書館なのだが、またもや寝耳に水。「またか。いいかげんにせぇよ」と住民の怒りが一気に爆発したようだ。  図書館の大切さや住民参加の図書館づくりの楽しさを伝えに来たつもりだったのだが、どうやら私は大変なところに身を置いてしまったらしい。
さて、どうしたものか。  ジリジリいっている天井の蛍光灯が、ふっと消えた。

 私は、どんな小さな町や村にも公共図書館は必要だと考えています。しかし、全国の町村の約七割近くにはないのが現状です。
日本図書館協会が出版している「町村図書館づくりQ&A」に次のように書かれています。
「知る権利を保障する機関として、また、まちづくりや人づくりの拠点として大切な役割を担う図書館は、多くの住民が待ち望んでいる施設なのです。図書館がない町村にあっては、一日も早い図書館建設が求められます」
ただ、これまで図書館がなかった町や村がつくろう、とする時にいくつか問題があります。
まずは専門性の欠如です。図書館の専門家である司書はおらず、首長はじめ行政の担当者や議員が、図書館の「と」の字も知らないままに建設を決める場合が多いのです。
これはK町を取材してわかったことですが、今いちばん頭を抱えているのは役場の担当者でした。


子どもたちでにぎわう宮崎県K町の公民館、住民の利用は県内でトップ



住民の方は、貧弱な公民館の図書室であっても実によく利用しているし、近隣の図書館まで足を運んでいます。担当者が慌てて勉強しても、しょせんは付け刃で、図書館の使い方や便利さを体験して知っている住民にかなうはずがありません。
それなのに短期間の準備でバタバタと建ててしまうのは業者を喜ばせるだけの“ハコづくり”。K町のように住民が行政不信を募らせるのは当然かもしれません。
要は「人」と「時間」です。この夜、K町で私は二つの図書館を例に挙げ、次のような話をしました。

■延岡市立図書館の場合
図書館についてのシリーズ記事を書き始めて十年がたつ。私の住む延岡市が新しい図書館の建設構想を打ち出したのがきっかけだった。
当時の延岡市立図書館は人口十二万の市の図書館にしては狭く、老朽化も進んでいた。チャンス到来と、この道二十年のベテランの女性司書が中心になって計画を練り始めた。
彼女の図書館人脈は全国に広がっている。多くの仲間たちから知恵を借り、励まされながら約六年かけて延岡にふさわしい図書館づくりに全力で挑んだ。
専門家として細部まで徹底的にこだわり、貫き通すために彼女は闘った。その間、私たちは飲み屋でどれだけ夢を語り合ったことか。
私が彼女から学んだのは、住民にとって本当に役に立つ図書館とは職員と資料を充実させ、使いやすい建物であり、赤ちゃんからお年寄り、障害を持つ持たない に関わらず誰もが自由に、気軽に、楽しく利用できるものでなくてはならない、ということだ。それは記事の中で繰り返し訴えた。
延岡の図書館づくりには熱意ある専門家がいた。だからからこそ、オープンから三年たった今でも毎日二千人近い市民が訪れ、一日平均で千四百冊の本が借りられていく状況が生まれたといってもいいと思う。

■伊万里市民図書館の場合
五年前、人口約六万人の佐賀県伊万里市にできた伊万里市民図書館は住民参加型のモデルケースだ。  その九年前に数人の母親たちの勉強会からスタート。専門家の講演会や視察を行い、市民自らが望ましい図書館の在り方を探った。メンバーの一人は「市民が 学習して、無責任でない意見を行政に持っていくのがスタンスだった」と話している。
市民の強い要望で建設が決定。市は住民との話し合いを積み重ねながら、優れた図書館設計者を迎えての激しい議論を繰り返した。設計者は担当職員にこう言った。「図書館づくりは格闘技だ」。

 図書館の素晴らしいところは、住民一人ひとりを大切にすることです。
「知りたい」という要求はさまざまですが、図書館はその一つひとつに丁寧に応えなくてはなりません。
多様な本の中に自分の必要なものがなければリクエストすればいいのです。出版されているものであれば購入しますし、絶版になって手に入らないものだったら他の図書館に当たり、それでもなかったら国立国会図書館に問い合わせて借りてきてくれます。
これほど住民サービスに徹する施設は他にないでしょう。
大事な施設だからこそK町のような図書館のない町では、計画段階から専門家を入れて、行政と住民が一緒になって学び合い、時には闘って、ゆっくりと時間をかけて、いい図書館をつくり上げてほしいのです。
K町での勉強会の最後に私はこんな投げ掛けをしてみました。
「担当者は困っているようですよ。町の職員も住民ですから、仲間に引き込んで一緒に勉強してみてはどうですか」
すると「それがいい。役場にふらっと立ち寄って話して来ます」「私も行ってみる。でも、一緒じゃない方がいいね。団交じゃないんだから」といった声が出てきました。
やっと空気が和らいできました。帰りぎわ、呼び掛け人の一人が言いました。「やっぱり対立しては駄 目ですよね」。
これからK町の図書館づくりはどんな展開になるか予想できませんが、住民の熱意で多くの人を巻き込み、粘り強く、楽しく語り合っていけば、いい方向に行けるような気がします。そう考えたら、少し楽しみになりました。